(問2)
家康は信長の死後、領地を増やし、
秀吉の死後、多くの大名を味方に付け
天下分け目の戦いといわれる戦いで、全国支配を確実なものとしました。
この戦いを何と言いますか。
家康は信長の死後、領地を増やし、
秀吉の死後、多くの大名を味方に付け
天下分け目の戦いといわれる戦いで、全国支配を確実なものとしました。
この戦いを何と言いますか。
正解です。 正解は 関ヶ原の戦い です。
関ヶ原の戦い徳川家康を総大将とする東軍と、石田三成を中心とする西軍の争い
この戦いで勝利した徳川方がこの後の権力を得ました。
(僕が思うのに・・・)家康は、大名の総大将として天下を治めることを目指し、
信長や家康の目指した国家とは違っていた。
これが大名を引きつけたのかもしれません(証拠はありません)。
信長はいわば「郡県制」を目指し自分が大様になって部下を地方に派遣する、
対し家康はいわば「郡国制」をめざし、自分は武士の中心になって、まわりは自分の部下で、遠くは大名に任せる、
そんな世界を考えたとしたららどうでしょう。
信長も家康も世界を知っていた??? 秀吉はどうしたかった???
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